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「わたしの小さな旅」同好会

[団体・任意団体]

雪女始末記(3) 五福 長光寺 [街のお宝、地元遺産]
2008-03-03 11:22:21
大雪の降る真夜中そこだけがボッカリと明るくなって現われた美女、それはモノクロの世界であった。果たして雪女の正体は誰なのか?城社だから昔城にいた女の人に違いない。佐々か前田か?前田家(富山)の恐い話は聞かない。姫ぎみか、奥女中か、側室か?戦国の世かなしい運命によって命を落とした、成政の愛妾早百合姫ではないだろうか?成政が宿敵秀吉を倒したいために、冬のザラ峠を越えて浜松の家康のもとへ相談に行った。その間に早百合姫が近侍の男と不倫をはたらいたと言うさんげんによって、成政の怒りをかったのである。大雪のなか命をかけての、ザラ峠越えの願いもむなしく家康は動かなかった。そんなこともあり怒り心頭に達した成政によってついに、旱百合姫は神通川のほとり磯部の土手の一本榎の下で八つ裂きの極刑になったのである。処刑された磯部の土手に行ってみた。一本榎は昔樹高十五米もあって、神通川を上り下りする船人の目印になっていた。その榎も枯れてしまって、今は二代目として植えられた二本の榎は新芽が芽吹き始めていた。今ある榎は直径60センチ位の大きな木になっていた。早百合姫の物語りを知っている人だろうか、榎の根元にはコーラの空缶に差した百合の花が供えられていた。下の方の花がしほれているのが一層もの悲しさをさそった。早百合姫は五福の出身で、近郷では美人の誉れ高い娘であったと言う。成政に見いだされ側室となり寵愛を一身に受けたが、最後は悲惨な運命をたどった。『立山に黒い百合が咲いたなら、早百合の恨みが通じ必ず佐々家は滅びるであろう』といったが、その通りになった。早百合姫の魂が今も迷っていて雪女として現われたのか、二本榎に向かってお経をあげた。川風が心地よく吹き抜けていった。…つづく 藤田勇信著「私の小さな旅」より
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