2008-08-12 17:50:34
ここからが自分勝手な言い分です。気分が悪くなったら読み飛ばしてください。
さて彦八さん以外に、湊町が起こした体制への抗議として、あまりにも有名な米騒動についても書いてみます。富山の湊町を支える女性は行動的です。確かに強くてたくましい。
わたしの女房などは次男をおぶり、末っ子の娘を片手に抱き、すがり付いてくる長男を諭しながら台所で料理を作る。たくましい腕、どっしりした腰をみていると、日本の母親像を観ているようです。この母親像を象徴するいい例が、富山の米騒動で、越中女房一揆ともいわれています。
1918(大正7)年7月23日~9月17日、米価騰貴を原因とする民衆暴動ですが主役は湊町の女房達です。1890(明治23)年、1897(明治30)年に北越地方などでも起きたが、一般には1918(大正7)年7月~9月の全国的暴動を指すようです。シベリア出兵をあてこんだ米の思惑買と政府の米価調節失敗のために米価が急騰。7月23日、富山の魚津の女房らによる県外への米移送阻止が暴動の発端となり、暴動は全国(1道3府32県36市129町145村。当時、東京都は東京府)に広がり、検挙者数万名、起訴者は7776名に達しました。
時の政府は米屋に米を廉売させ、恩賜金、政府支出金を放出、新聞報道を禁止し、鎮圧に警官のほか軍隊も出動させた。この暴動で寺内正毅内閣が倒れ、原敬内閣が成立した。騒動の影響でこの年の全国中学校野球大会(現在の「夏の甲子園」)が中止された。
政治や法律が分からない女房達が「夫と子供たちに米を食べさせるため」の暴挙です。わたしたち夫が含まれていることに感動します。まるでライオン社会のようだ。このためでもないが富山の発展は、この女性の下支えによるところが大変に多いことを、富山の雄ライオンも認めるところです。
朝一番に起き、雪が降っていたら雪すかし、弁当を作り、手袋と長靴を乾かし、掃除して夕食を考えながら仕事場へ。これがわたしの母の姿。親戚や近所に気を使い、「もったいない」、「人に迷惑をかけるな」「ばちがあたる」が口癖だったが、このような言葉は村や町に限らず富山(日本)のいたるところで聞けました。
最近よく「もったいない」をテレビやラジオ、自治体の広報においてもよく見ることがあります。しかしその前に「ばちがあたる」を言い伝え教えないといけないように思えます。自分や家族、親戚や同僚を、そしてみんなを粗末に、ぞんざいにすると「ばちがあたる」。この中には「もったいない」も含まれている。
殺人事件が多発する昨今、肉親同士でしかもバラバラにまでしてしまう。誰もて見なくても天は観つめている。そして必ず罰を。これを言い伝え教えていかないと絶対にいけない。今すぐにでも。
男たちは飲んで政治を語るが「しらふだと、もくもくと働く」。口は悪いが従順で、協調性はご先祖からの遺伝と家訓で磨き上げられたもの。しかし、体制には弱く「潔いあきらめ」は、富山の一般的な雄ライオンの共通するところで大変に分かりやすい。
そのため、富山の女房は他の女性より夫の良さ(限界)をきちんと見切って、迷うことなく夢を夢としてあきらめられた。自分の宿命や「やるせなさ」(共感も少しあったと思える)を振り払い、一生懸命に楯となって夫と家を支え続けた。(子供のため、世間体もあったろうが)
しかし、」これが「しっかりした女性」を育んだ。これを再発掘(見つめ直してルネッサンス)しなければならない。時代は変わっても越中女性はきっと思い出してくれる。そして、家と町、そして国家を下支えしてくれる。
そんな女房に無口な雄ライオンは、感謝感謝で毎夜、酒を美味しく頂いている訳です。
余談ですが私は参議院を廃止し産議員の女性だけの議会が日本にあった方がいいと思っています。政治に無知なので、いまだ参議院の必要性が分からない。わたしは人徳のある方を衆議員と思っているが、いまの学者や有識者からは、これが感じられないからです。
米騒動からなのか、女性の力でないと改革や「精神衛生上ゆるせる暴挙」は起りえないと感じています。北陸の富山において特に。勝手な言い分をご容赦ください。
また河合継之助から九州が独立国家になればいいと思った時期があります。九州は中国や東南アジア、特に韓国朝鮮に近い。この地の利を生かして自由貿易港の国として独立すれば文明日本が再生される。いまのあたふたする政局と千代に八千代に苔むすような状況では、精神衛生上良くない。そのようになった時、本土政府は西南戦争のように精鋭部隊を送るだろうか。いやそれはない。絶対にない。本家が忘れかけた魂を分家から学ぶことはあっても、いたぶることはしないはず。と考えてみたりもする。これも勝手な言い分です。ご容赦ください。
このような事を平気で言える時代になりました。この礎は栂野彦八翁などの先達によるものである事は、誰しもが感じる必要がある時代になったようです。
今回は栂野彦八翁を寄航し上陸しました。そして長岡や愛媛にも寄航しました。愛媛は上陸までしてませんので、今度きっと長くなりますが上陸を企ててみます。
そのときにはサイトの善光さんが得意とするパノラマ臨場(魚眼レンズで天井から床まで360°の静止画を自由な視点)を作ってもらわないといけません。さもないと日本海海戦の戦艦三笠の館長室での東郷さんや秋山さんの心、そして艦橋から観た日本海のバルチック艦隊の幻影を味わうことが出来ないからです。高田屋嘉兵衛の北前船の「板子一枚下は地獄 板子一枚上は極楽」をこのパノラマ臨場で作ってもらっていますが「菜の花の沖」の次が「坂の上の雲」ということになります。ITを使うと歴史や時代小説がもっともっと面白くなるようです。
時代の語り部から先人の知恵と行動を思い、それに感動し感謝して現在に生かす。
「先人の知恵、先達の魂を感じ学ぶ」、そうするとまた、酒を飲みながら先達と女房に、感謝感謝と言う事になってしまいますね。
完 斎藤 一