2008-08-12 17:57:00
常願寺川上流で雨が降ると常願寺はけたたましく吠える。急流の音より岩石と岩石がぶつかり合うドスン・ガツンを取り込んだ凄まじい激流音。川に近づくと耳だけでなく足の土踏まずも通り超えて、頭に伝わってくる鈍い振動音、いまでも雨が振れば「立山鳶崩れ」絵図を彷彿とさせるようだ。
事務局長さんは、この気ままな暴れん坊を先人は英知と勇気で なだめて すかし ているが、地震の誘発がなくても、集中豪雨や長雨で常願寺川は暴走のスタート切ってしまうとのこと。
そのとき思ったのが、そんな事態に対し、お百姓(沢山のかばね)の持った農業で培われた歴史有る知恵と漁業の勇敢な扶助の精神を受け継いだハイブリッド日本人の精神で立ち向かわないと、安政の二の舞えになる。彼らには、安政当時に存在していなかったGISやインターネットで武装してもらい、英知と勇気で情報化された頭脳に、鍬や命綱のITを携えて局地戦に挑んでもらわなければ、絶対に太刀打ち出来はしないと思った。
この直径数メートルの岩石を動かす激流の水も平素は穏やかで美しい。その水は常願寺流域の平野を潤している。川を中心に東と西に。それを公平にしかも安定して供給し続けてくれている。
首根っこの頭首工の下流にある分水に「たくみの知恵と技」が存在する。
行けば分かる。見れば分かる。
とんがり山を真中に借景として東と西に公平に水を分けている。郷土史家の江戸期農業に詳しい恩師のお話では、富山の農業は水争いの歴史だと。
書面や言葉でいくら水を均等に分水しているかを伝えようとしても、潔い漁業のように農業は簡単には納得しない。水は農業の命だからであろうか。
しかし、とんがり山を真中に鎮座させ、上流からの常願寺の水を均等に分けている様を観れば、どんな人でも平等や均等を感じ取れる。百聞は一見に如ず、一目瞭然で、IT産業がよく口にするビジュアル化、可視化を知恵と技で自然の借景を鎮座させて実現していた。当時のたくみ達は、偉いものだ。
京都には借景した庭園が数多くある。以前に三千院を訪ねた。家内が好きなところであるらしい。その三千院に寄り添っている静かな小寺は、北京都の山々を借景とした気品ある素晴らしい庭を持っている。
しかし富山の先達の「たくみの知恵と技」が用いた借景は、京都の借景より心に残る。人と景色を素直に包み込んでのメーッセージがそこにあるように感じられる。
京都の庭園からは文化が香るが、富山の常願寺からは文明が受け取れる。文化と文明に分けてモノを考えてしまう、わたしの悪癖がつい出てしまう。
最近「先人の知恵に学ぶ」という言葉をよく耳にする。ある人から聞いたが、綺麗な涌き水が出るところを清水という。富山において、清水の地名がいたるところに存在する。富山市の清水町や山田村の清水などであるが、清水を「しょうず」と呼ぶ場合も古来あるそうだ。清水の涌き出るところは断層があるらしい。日本、いや富山においても断層は至るところにあるらしい。その活動が何千年や何百年に一度にせよ、その一つが揺れ動くと、近代に生き、高度な技術を持っていると錯覚している我々でも、立ち直れないショックを受ける。
先人はそこに竹を植え地震に備えたようである。しかし最近、竹藪はほとんど見なくなった。根を縦横無尽に張っていく竹は、厄介なだけの存在になったようである。
「先人の知恵に学ぶ」とは、美味しい涌き水、その下には断層、そしてそこに起きる地震。跡津川断層でマグニチュード7.9程度の地震が発生すると最大8mの右横ずれが生じる可能性があるらしいが、これだと16m以上の鉄板の上でないと割れ目に落ちてしまうのか。竹の根の縦横無尽だと、確かにこの問題は解決する。それで竹薮でそれに備えよ。このように、先人の深い良識の知恵を顧みようと言うことのようだ。
たまに県立図書館を訪ねると、竹内先生のお姿を見かける。また調べものだろうか、元気そうで何よりと思っている。
つづく 斎藤 一