2008-10-07 07:35:22
富山のソフト産業のプログラマの質は、全国の平均を上回っていると思っている。外は雪、こたつに入って創るプログラムは、確かにしっかりとしたものを作成する。しかし 面白くて 飛びぬけたモノは造ることができない。絶対に。
たくみの夢を認め、それを後押しする習慣もないし、そのような人材もいないようで、この分野においても県民性が見え隠れする。
米国のソフト会社のマイクロソフトが出来あがってまもなく、私の若いときであるが東京の芝の増上寺において、ビル・ゲイツの講演会を聞いた。増上寺と言えば、二代秀忠、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂の六人の将軍の墓所がある。また、その中には家茂正室で悲劇の皇女として知られる静寛院和宮も含まれている。NHK大河ドラマ篤姫の次の将軍の正室である和宮である。
そこでビル・ゲイツの話しを聞いた。彼はまだウィンドウズを発表しておらず、エムエスドスというウィンドウズの露払いを引っさげての講演会であった。若いビル・ゲイツは言葉の語彙も少なく、たどたどしい英語で喋っていたと、英語に堪能な隣の席の知人が言っていた。また彼は、ちょっと前まで、こんにち当たり前のネットワークという言葉を知らなくて、ヨーロッパでやっと知ったとも言っていたようだ。
米国の大統領にも成らんとするビル・ゲイツ。よく分からないが、当時の彼からは何となく夢だけが感じ取れた。徳川家の菩提寺の増上寺で、私は彼の夢を聞いた。その講演を聴いた人達は満足そうであった。その人々が今の日本のIT産業の土台を造ったことは皆が知っていることである。
ところで増上寺で眠る将軍達はどのように観られたか。きっと鎖国による無知と、その恐怖からのペリーへの眼差しに似た、巨人の来訪と観られたか。わたしはペリーやハリスと違い、痩せて大きめのメガネかけたお坊ちゃん刈の頭髪の彼を見て、秋葉原にいるマイコン少年のようであったと記憶しているが。
情報不足というより情報の意味を知らない日本のIT産業に挑む聴講者を前にしてのゲイツさんの日本上陸である。
ペリーの来訪に似た光景を将軍達が間近かに観て、いかがお感じになられたか、どうお占ないなされたか。ちょっと聞いてみたい衝動にかられます。